概要
「一水会(いっすいかい)」は、1972年に設立された民族派思想団体で、いわゆる新右翼の草分け的存在とされる。
戦後の「対米従属」や「戦後民主主義体制」に対して思想的に異を唱え、自主独立・対米自立・戦後体制の超克を掲げて活動してきた。
現在の代表は木村三浩氏。初期思想的支柱である鈴木邦男氏の存在も大きい。
成立の背景
1970年の三島由紀夫・森田必勝の自決事件は、日本の民族派・保守思想界に強い衝撃を与えた。
戦後日本が「経済繁栄の陰で精神を失った」との問題意識が共有される中、
三島の理念を“行動”ではなく“思想”として継承しようとした若い民族派活動家たちが集結。
それが1972年5月30日の「一水会」創設へとつながった。
当時の右翼は、街宣・威圧・排外主義的行動を中心に据える旧来型が主流だったが、
一水会はあえてそれと一線を画し、**「思想としての右翼」**を目指した。
この理念転換は後に「新右翼」の出発点とされる。
思想と理念
一水会の掲げる主な理念は以下の通り。
対米自立(戦後のアメリカ追従外交からの脱却)
民族自主独立(憲法改正を含む主権国家の再構築)
戦後体制の打破(占領期の価値観・民主主義の見直し)
天皇を精神的中心とした共同体の再生
これらは旧来の右翼思想に見られる「天皇絶対主義」や「排外主義」とは異なり、
近代政治思想・国際関係・文化哲学を伴った“理論右翼”としての特徴を持つ。
新右翼としての位置づけ
戦前からの右翼団体(玄洋社・血盟団・日本青年社など)は「反共・親米・皇国」を基本としていたが、
一水会はそれを転換し、「反共」よりも「反従属」「思想的自立」を優先した。
つまり「愛国=親米」ではなく、「愛国=自主独立」と定義し直したのである。
この視点の転換が、従来の右翼・保守・宗教右派とは異なる新しい思想潮流を形成した。
以後、彼らの理論的影響を受けた若手思想家・行動家は、のちの新右翼・民族派運動に多大な影響を与えることになる。
創設者と主要人物
鈴木邦男は創設期の中心人物であり、「対話する右翼」「思想の開放」を掲げた。
左翼や市民運動家との討論を行い、論壇で“知的右翼”としての立場を確立。
その穏健化・理論化路線により、後年は右派内から「左傾化」との批判も受けたが、
思想的には「左右を超える民族派」として一定の評価を得た。
木村三浩(現代表)は、より実践的・現実政治的な姿勢を取り、
日米安保・地位協定・領土問題・憲法論など具体政策論への関与を深めている。
彼が主宰するフォーラム「民族自決研究会」は、保守・左翼を超えた思想討論の場としても知られる。
主な活動と発信
機関誌『レコンキスタ(Reconquista)』の発行
三島由紀夫・森田必勝の慰霊祭の主催(毎年11月25日)
フォーラム・講演会・討論会の開催
国際情勢や外交問題に関する声明発表
左右の思想家・学者・宗教家との討論企画
活動は街頭デモや街宣よりも、出版・論壇・講演といった思想啓蒙型が中心である。
政治的立場と現代的論点
対米従属批判と自主外交
日米地位協定や安保体制を「半主権体制」と批判し、
基地問題・外交政策における自立を主張。
沖縄問題でも、住民側の立場を理解しつつ“日本の独立”の視点から支援する姿勢を見せる。
統一教会・保守癒着への批判
旧統一教会との癒着が問題化した際には、
「宗教勢力による保守支配」を批判し、
政治の自主性を守るべきとする立場を明確化。
ロシア・ウクライナ問題への見解
米欧一極主義への疑問を示し、「ロシア擁護ではなく、情報の偏りへの警鐘」として発言。
この独自姿勢により、海外メディアから取材を受けることも多い。
組織の実態と位置づけ
会員は思想家・研究者・学生・保守論壇関係者などで構成され、
政党や暴力的街宣団体とは異なる「会員制思想団体」として運営。
他団体との緩やかな協力はあるが、政党政治とは距離を保つ。
論壇的影響力は依然として大きく、
保守思想誌『月刊日本』『WiLL』『Hanada』などにも木村代表の寄稿が見られる。
評価と批判
評価視点 | 肯定的見解 | 否定的見解 |
---|---|---|
思想面 | 戦後日本に“自主独立保守”を再構築した | ナショナリズムの再生産と批判される |
社会的姿勢 | 左右を超えた対話の実践 | 「穏健」を装った排外主義との指摘 |
行動形態 | 非暴力的・知的右翼の確立 | 政治的影響力は限定的 |
歴史的意義 | 新右翼思想の嚆矢 | 70年代以降は停滞傾向 |
現在の活動
公式サイト:https://www.issuikai.jp
SNS(X・ブログ)で声明・講演情報を発信
「民族自決フォーラム」や講演会を継続開催
木村代表による国際シンポジウム・取材応答(ロシア・中国系メディア含む)
思想団体としての一水会は、今日も“戦後保守の批判的継承者”として存在し続けている。
同名の他団体
美術団体「一水会」
1936年、有島生馬・安井曾太郎らによって創設。写実・具象を重視する画壇系団体。
毎年「一水会展」を開催しており、政治的活動は一切行っていない。
公式サイト:https://www.issuikai.org大阪弁護士会派「一水会」
1915年設立の法曹研究会。第一水曜日の定例会に由来。
親睦・研究目的の団体であり、思想や政治活動とは無関係。
公式サイト:https://www.issuikai.net
総括
一水会(思想団体)は、
戦後日本における「保守=親米」の常識を転換し、
**「自主独立の民族派」**という新たな保守思想の形を提示した存在である。
三島由紀夫の精神的継承者として出発し、
暴力的右翼から理論的民族派への転換を果たした点で、日本思想史上重要な位置を占める。
一方で、現実政治への影響力は限定的であり、今日では“象徴的存在”としての意義が中心。
それでもなお、「国家とは何か」「独立とは何か」を問い続ける姿勢は、
日本の戦後思想を理解する上で欠かせない要素となっている。