「人類は60年以上前に月へ行っている。それなのに、なぜ現代でもロケットは失敗するのか?」
この疑問は多くの人が抱く、ごく自然な違和感だ。PC性能、設計技術、材料工学、シミュレーション技術――あらゆる分野が飛躍的に進化しているにもかかわらず、ロケット打ち上げは今なお失敗が発生する。
結論から言えば、これは技術停滞ではなく、むしろ技術進化の必然的な結果である。
計算機性能は桁違いに進化したが、ロケットは「計算だけ」では飛ばない
アポロ計画時代の誘導計算機は、現代の電卓以下の性能だった。一方、現在はスーパーコンピュータによる流体解析、構造解析、デジタルツイン、AI最適化が当たり前になっている。
設計段階での「予測精度」は比較にならないほど向上している。
しかしロケットが直面する現実は、以下のような極限環境だ。
- 3000℃を超える燃焼温度
- 毎秒トン単位で流れる推進剤
- 極超音速領域での空力変動
- 激しい振動、共振、材料疲労
これらは非線形かつ確率的な現象であり、どれだけ計算能力が上がっても完全再現は不可能だ。最終的に露呈する問題は、実機試験でしか表に出ない領域に残る。
構造・材料は進化したが「余裕を削る設計」になっている
現代ロケットでは、炭素繊維複合材、単結晶合金、3Dプリント燃焼室など、材料技術は確実に進歩している。
だが同時に、技術進化は次の設計思想を生む。
- 強くなった → さらに薄くする
- 正確になった → 余裕を極限まで削る
- 軽くできた → もっと高性能を要求する
結果として、安全余裕は増えるどころか、意図的に削られている。
ロケットは「壊れにくくする」のではなく、「壊れる一歩手前まで性能を引き上げる」ことで成立している工学製品なのだ。
ソフトウェアの進化が新たな失敗要因を生んでいる
直感に反するが、制御ソフトウェアが高度化するほど、失敗の可能性は減らない。
かつてのロケットは、
- 制御ロジックが単純
- センサー数が少ない
- 想定外は人間が介入
という構成だった。
一方、現代ロケットは、
- 数百万行規模のコード
- 自律制御
- 多数のセンサー情報をリアルタイム統合
という複雑系に進化している。
その結果、
- ソフトウェア同士の相互作用
- 境界条件での想定外挙動
- バグが顕在化する組み合わせ爆発
といった、新たな失敗空間が生まれている。
航空宇宙分野では「最大の故障原因は機械ではなく、ソフトウェアの複雑性」と言われるほどだ。
アポロ時代と現代では、目的そのものが違う
月に行ったアポロ計画は、
- 国家威信をかけた一発勝負
- 予算制約が極めて緩い
- 再使用を前提としない
という特殊な条件下で成立していた。
一方、現代のロケット開発は、
- 商業利用が前提
- 打ち上げコスト削減が最重要
- 年間数十〜百回規模の打ち上げ
- 再使用ロケット
が求められている。
「一度月に行く」よりも、「安く・頻繁に・安全に飛ばし続ける」方が、工学的にははるかに難しい。
ロケット開発は失敗を前提とした進化モデル
現代ロケット開発は、
- 打ち上げる
- 失敗する
- データを回収する
- 設計を修正する
- 再挑戦する
という試行錯誤モデルで進化している。
失敗は技術不足の証明ではなく、未知領域を切り拓いた証拠でもある。成功だけが続く開発は、むしろ性能向上が止まっている可能性が高い。
「月に行けた」と「安定運用できる」は別次元
例えるなら、
- F1マシンで一度優勝すること
- 毎日通勤で安全に車を使うこと
は、まったく別の難易度である。
ロケットも同じで、
- 単発成功:技術的可能性の証明
- 継続成功:工学的完成度の証明
となる。
まとめ:技術は進化したからこそ失敗する
ロケットが今も失敗する理由は、
- 常に物理限界で設計されている
- 技術進化が余裕を削る方向に働く
- 複雑化したソフトウェアが新たなリスクを生む
- 現代は経済性と再使用を同時に求められている
という構造的な必然にある。
技術が進歩したから失敗がなくなるのではない。
技術が進歩したから、より危険で高度な領域に踏み込めるようになった。
月に行けた過去と、失敗が続く現在は、決して矛盾していない。