日本の住宅ローン界隈では、長年にわたり
- 変動金利こそ正解
- 固定金利は情弱
- 利息は無駄
といった価値観が半ば常識のように語られてきた。しかし、インフレが顕在化し、「金利のある世界」に突入しつつある現在、この信仰は構造的に揺さぶられている。
本記事では、なぜ変動金利至高論がここまで広がったのか、そしてなぜ今、その前提が崩れ始めているのかを整理する。
なぜ「変動金利こそ至高」という信仰が育ったのか
デフレ30年が生んだ成功体験
日本は1990年代後半から長期にわたるデフレ・低金利社会を経験してきた。
- 金利は下がるか、据え置き
- インフレは起きない
- 実質賃金も物価も動かない
この環境下では、
- 変動金利を選び続けた人
- 繰り上げ返済を急いだ人
が「結果的に得をした」ケースが多数生まれた。この成功体験が積み重なり、いつしか
変動金利=正解
固定金利=損
という価値観が思想化していった。
数字の見た目が強烈だった
デフレ期の住宅ローン金利は、
- 変動金利:0.3〜0.5%
- 固定金利:1.2〜2.0%
と、表面上は倍以上の差があった。
この「静止画」の比較は非常に分かりやすく、
- 今安い=正解
- 高い金利を払う=無駄
という短絡的な結論を導きやすかった。
「借金は悪」「利息は無駄」という家計道徳
日本社会には、
- 借金はできるだけ早く返すべき
- 利息は無駄な出費
という強い道徳観がある。
この価値観と、
- 変動金利
- 繰り上げ返済
は非常に相性が良く、変動金利至高論をさらに補強していった。
インフレ顕在化で前提条件が崩れ始めた
金利が「上がらない」という前提は消えた
インフレが表面化し、金融政策が転換されると、
- 金利は上がり得る
- 据え置きが永遠に続くとは限らない
という現実が見えてくる。
これは、変動金利至高論の根幹である
金利は上がらない
という前提そのものを否定する。
実質金利の視点が欠落している
インフレ環境では重要なのは
- 名目金利
- ではなく
- 実質金利(名目金利 − インフレ率)
である。
インフレ率が2〜3%ある世界で、
- 固定金利1%前後
であれば、実質金利はマイナスとなり、
- 借金の実質価値は年々目減りする
一方、変動金利はインフレとともに上昇する余地があり、実質負担は固定されない。
変動金利は「利息を節約している」のではない
変動金利を選ぶことは、
- 利息を払っていない
のではなく、
- 金利上昇リスクを自分で引き受けている
という選択に過ぎない。
固定金利の利息は、
- 金利上昇リスク
- 再選択リスク
- 精神的コスト
を銀行に移転するための「保険料」である。
この視点が抜け落ちたまま、
利息は無駄
と断じるのは、構造理解として不十分と言わざるを得ない。
信仰が崩れ落ちることを否定できない層の存在
現在でも、
- 変動金利こそ至高
- 固定は情弱
という言説を強く信じている層は多い。
しかしその多くは、
- デフレ前提
- 金利不変前提
という過去の環境を暗黙のうちに引きずっている。
インフレが定着し、金利が段階的に上がる局面では、
- 信仰の前提
- 現実の経済構造
の乖離が徐々に露呈していく。
重要なのは「どちらが正しいか」ではない
変動金利も固定金利も、
- 条件次第では合理的
である。
問題は、
- 前提条件を無視して
- 万人に一つの正解を押し付ける
ことにある。
インフレと金利ある世界においては、
- 住宅ローンはリスク配分の選択
であり、
- 信仰や成功体験だけで語れる時代ではない
まとめ
- 変動金利至高論は、デフレ30年が生んだ成功体験の産物
- インフレ顕在化により、その前提は崩れ始めている
- 利息は無駄ではなく、リスクの価格
- 今後は「信仰」ではなく「構造理解」が問われる
静かなインフレの進行は、声の大きかった常識を、時間をかけて確実に変えていく。