「右翼」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、黒く塗られた大型車に拡声器を載せ、日の丸を掲げながら大音量で演説する姿ではないでしょうか。
こうした団体は一般に「街宣右翼」と呼ばれます。
一方、日本の右翼運動を調べていると、「新右翼」や「民族派」という言葉も登場します。
新右翼も街頭演説や抗議活動を行うことがあるため、両者を同じものと考える人も少なくありません。
しかし、新右翼と街宣右翼は、単純に並べられる二種類の右翼ではありません。
最も重要な違いを先に説明すると、「新右翼」は主に思想と歴史的な系譜を表す言葉であり、「街宣右翼」は主に活動方法や外見を表す言葉です。
そのため、新右翼でありながら街宣活動を行う団体も存在します。反対に、街宣車を使用しているからといって、その団体が新右翼とは限りません。
両者の関係は、完全に分離した二つの箱というより、一部が重なる分類として理解する必要があります。
新右翼と街宣右翼の違いを簡単に整理
| 比較項目 | 新右翼 | 街宣右翼 |
|---|---|---|
| 分類の基準 | 思想、歴史、運動上の立場 | 街宣車や拡声器を使う活動方法 |
| 登場した時期 | 主に1960年代末から1970年代 | 戦後早期から発達し、1950年代以降に定着 |
| 主な問題意識 | 戦後体制、対米従属、民族の自立、既成右翼への批判 | 反共、領土、皇室、靖国神社、外交、歴史認識など団体によって異なる |
| 代表的な活動 | 機関紙、思想研究、講演、討論、集会、抗議行動 | 街宣車、街頭演説、車両デモ、対象施設前での抗議 |
| 対米姿勢 | 対米自立や反米を掲げる傾向が比較的強い | 親米・反米の両方があり、一律ではない |
| 両者の重なり | 街宣活動を行う新右翼団体もある | 街宣団体のすべてが新右翼ではない |
つまり、新右翼を「どのような考え方と運動史を持つか」という分類、街宣右翼を「どのように主張を社会へ示すか」という分類と考えると分かりやすいでしょう。
街宣右翼とは
街宣右翼とは、主に街宣車や拡声器を使い、街頭で政治的な主張や抗議活動を行う右翼団体を指す通称です。
法律上、「街宣右翼」という団体区分が定められているわけではありません。
黒や濃い色の車体に団体名や政治的標語を掲げ、車上の拡声器から演説、軍歌、戦時歌謡などを流す活動が、一般的なイメージを形成してきました。
活動の対象は、中国、韓国、北朝鮮、ロシアなどの外国政府だけではありません。
日本政府、政党、新聞社、テレビ局、企業、労働組合、左翼団体、外国公館などへ抗議することもあります。
領土問題、北朝鮮による拉致問題、靖国神社、皇室、憲法改正、歴史認識など、扱うテーマは団体によって異なります。
公安調査庁も、北方領土の日、竹島の日、憲法記念日、昭和の日などに、右翼団体が全国各地で街宣活動を行ったことを公表しています。
なぜ街宣車を使用するのか
街宣車の第一の目的は、少ない人数でも広い範囲へ主張を伝えることです。
新聞やテレビへ自由に意見を掲載できない小規模団体でも、車両と拡声器があれば街頭で存在を示せます。
第二に、団体の結束や勢力を視覚的に示す意味があります。
複数の車両を連ね、旗や制服をそろえて行動することで、実際の構成員数以上に強い印象を与えることもできます。
第三に、抗議対象へ直接圧力をかける効果があります。
官公庁や企業、新聞社、外国公館などの周辺で繰り返し演説すれば、相手だけでなく周囲の住民や取引先にも影響します。
ただし、街宣活動そのものが違法なのではありません。
政治的な主張を街頭で訴えることは、表現活動の一つです。選挙運動、市民団体、労働組合、左翼団体なども街宣車や拡声器を使用します。
問題となるのは、騒音規制に違反する大音量、脅迫、名誉毀損、威力業務妨害、暴行、不当要求などを伴う場合です。
街宣右翼はすべて暴力団なのか
街宣右翼について、「実態はすべて暴力団だ」と説明されることがあります。
これは正確ではありません。
思想や政治目的から活動する団体もあれば、暴力団と人的関係を持つ団体、元暴力団員が幹部を務める団体、右翼を名乗って資金獲得を図る団体も存在します。
警察庁は、右翼団体の中に、幹部の多くが暴力団員または元暴力団員であるものや、暴力団が右翼団体を標榜しているものがあると指摘しています。
企業の不祥事や民事紛争へ介入し、「街宣車を回す」などと告げて金品を要求する行為は、「えせ右翼行為」や「右翼標榜暴力団」の活動として取り締まりの対象になります。
しかし、これは一部の団体や人物についての説明です。
街宣車を使う団体を見ただけで、暴力団や犯罪組織だと断定することはできません。
反対に、政治的な主張を掲げていても、実際には資金獲得を目的としている可能性があります。団体名や車両の外見ではなく、具体的な活動内容を見る必要があります。
戦後の街宣右翼はどのように生まれたのか
日本の右翼思想や国家主義運動は戦前から存在しました。
しかし、敗戦後、占領政策によって戦前の右翼団体は解散させられ、多くの活動家が公職追放の対象になりました。
その後、冷戦が激しくなると、国内では日本共産党、労働運動、学生運動などの左翼勢力が拡大します。
これに対抗する形で、1950年代以降、反共を中心に掲げる右翼団体が再編されていきました。
この時期の右翼運動では、「共産主義から日本を守る」という主張が大きな比重を占めます。
米国は日本を占領した国である一方、冷戦下ではソ連や中国などの共産主義陣営へ対抗する同盟国でもありました。
そのため、右翼の中には日米安全保障体制を支持し、保守政党や財界と協力しながら反共運動を行う勢力が生まれます。
街宣車は、こうした反共運動、左翼集会への抗議、外国公館への抗議などで使用され、戦後右翼を象徴する活動方法になりました。
新右翼とは
新右翼とは、1960年代末から1970年代にかけて登場した、若い世代を中心とする右翼・民族派運動を指す言葉です。
戦後に再編された既成右翼の反共中心の運動や、保守政党、財界、米国との近さに反発したことが、新右翼の特徴とされています。
彼らの問題意識は、単に共産主義へ反対することだけではありませんでした。
「日本は敗戦後、本当に独立した国家になったのか」「日米安保体制の下で米国へ従属しているのではないか」「経済成長を優先する保守政権は、日本の伝統や民族精神を守っているのか」といった問いを重視しました。
そのため、新右翼の中には、左翼勢力だけでなく、自民党政権、財界、官僚機構、親米的な保守勢力も批判する団体があります。
右翼でありながら「反体制」「反権力」「反米」を掲げることがあるのは、このためです。
新右翼と「民族派」の関係
新右翼に分類される活動家や団体は、自らを「民族派」と呼ぶことがあります。
「右翼」という言葉には、街宣車、暴力、反共、暴力団などのイメージが強く結びついているため、それと区別する意味もあります。
民族派が重視するのは、日本の歴史、伝統、文化、皇室、国家としての自主独立などです。
ただし、「新右翼」と「民族派」の範囲も完全には一致しません。
戦前から続く思想的系譜を持つ人物が民族派を名乗ることもあれば、戦後の新右翼運動から登場した団体が民族派を称する場合もあります。
研究者、報道機関、警察、活動家本人の間で、分類や呼び方が異なることもあります。
したがって、新右翼や民族派という名称だけから、個々の団体の政策や行動を決めつけることはできません。
三島事件が新右翼へ与えた影響
新右翼の形成を考えるうえで、大きな影響を与えたとされるのが、1970年11月25日の三島事件です。
作家の三島由紀夫は、自ら組織した「楯の会」のメンバーと自衛隊市ヶ谷駐屯地へ入り、自衛隊員に憲法改正などを訴えた後、自決しました。
この行動は社会に大きな衝撃を与えました。
三島の主張や行動を全面的に支持した人ばかりではありませんが、戦後日本の経済的繁栄の裏で、国家、天皇、文化、死、生き方といった問題が失われているという問いは、若い民族派活動家へ強い影響を与えました。
新右翼運動の代表的人物として知られる鈴木邦男も、三島事件から大きな影響を受けた一人です。
国立国会図書館が紹介する鈴木の著書『新右翼――民族派の歴史と現在』でも、三島事件は新右翼誕生の重要な契機として位置づけられています。
一水会の結成
1972年、鈴木邦男らによって「一水会」が結成されました。
一水会は、新右翼を代表する団体として知られるようになります。
その主張の中心には、米国を軸とした戦後国際秩序への批判、日本の対米自立、民族的主体性の回復などがありました。
従来の右翼が反共を優先して日米同盟を支持する傾向にあったのに対し、一水会などの新右翼は、「米国へ従属したまま共産主義へ反対しても、日本の自主独立にはならない」と考えました。
この点は、親米保守や戦後の既成右翼との大きな違いです。
ただし、新右翼のすべてが同じ思想を持っているわけではありません。
天皇観、憲法、軍事、安全保障、資本主義、外国人政策などをめぐり、団体や活動家の間には違いがあります。
新右翼は言論中心だったのか
新右翼は、街宣車による大音量の宣伝だけに頼らず、機関紙、書籍、雑誌、講演会、討論会などを通じて思想を訴えました。
左翼の思想家や運動家と公開討論を行ったり、原発、環境、貧困、表現の自由など、従来の保守・革新の枠に収まらない問題へ関心を示したりする人物もいます。
鈴木邦男は晩年、左右を問わず幅広い人物と交流し、排外主義や過度な愛国心へ警鐘を鳴らしました。
このような姿勢は、「右翼なら外国人排斥」「右翼なら常に政権支持」という単純な見方には当てはまりません。
一方で、新右翼の歴史を言論活動だけで説明することもできません。
一部には、施設への侵入、暴力事件、銃器を使った事件、自決を伴う抗議など、過激な直接行動へ進んだ活動家もいました。
新右翼が既成右翼の大音量街宣を批判したからといって、必ずしも穏健だったという意味ではありません。
思想を重視することと、行動が穏健であることは別の問題です。
新右翼も街宣車を使うことがある
新右翼と街宣右翼を完全に分けられない最大の理由が、新右翼団体も街頭演説や街宣車による抗議活動を行うことです。
新右翼は思想上の分類であり、街宣右翼は活動方法による呼び方です。
したがって、一つの団体が両方に当てはまる場合があります。
ただし、新右翼の中には、軍歌を大音量で流す大型街宣車を避け、普通の車両、小規模な演説、徒歩によるデモ、講演会、雑誌、インターネットなどを重視する団体もあります。
街宣車を所有しているかどうかだけで、新右翼か既成右翼かを判断することはできません。
確認すべきなのは、その団体がどのような歴史から生まれ、何を敵と見なし、日本の戦後体制や米国との関係をどのように考えているかです。
思想の違いはどこに表れるのか
既成の街宣右翼と新右翼の違いは、特に「反共」「米国」「戦後体制」への姿勢に表れます。
戦後の既成右翼には、共産主義を最大の敵と位置づけ、日米同盟や保守政権を現実的な防波堤として支持する勢力がありました。
これに対して新右翼は、共産主義だけでなく、米国主導の戦後体制そのものを問題視しました。
日本国憲法、日米安全保障条約、米軍基地、戦後教育、経済優先の国家運営などを、一つの「戦後体制」として批判する傾向があります。
そのため、外交問題では一般的な保守派と異なる立場を取ることがあります。
例えば、米国による戦争や軍事介入へ反対し、ロシア、パレスチナ、イラクなどをめぐって、親米保守とは異なる主張をする新右翼・民族派も存在します。
ただし、現在の街宣右翼にも反米を掲げる団体があります。逆に、新右翼の系譜に属していても、すべての問題で米国と対立するとは限りません。
これはあくまで歴史的な傾向であり、絶対的な境界線ではありません。
行動する保守やネット右翼との違い
新右翼、街宣右翼と混同されやすい存在に、「行動する保守」や「ネット右翼」があります。
行動する保守は、主に2000年代後半から目立つようになった、市民参加型の右派運動を指します。
インターネットで参加者を集め、外国人政策、在日韓国・朝鮮人、領土、歴史認識などをめぐってデモや抗議活動を行ってきました。
街宣車を中心とする従来型右翼よりも、動画配信、SNS、徒歩デモ、プラカードなどを活用する点が特徴です。
ネット右翼は、特定団体への正式な所属を必要とせず、掲示板、SNS、動画コメント欄などで右派・保守的な主張を行う人々を指す曖昧な呼称です。
新右翼が1960年代末以降の民族派運動という歴史的系譜を持つのに対し、ネット右翼はインターネット上の言論現象です。
また、新右翼・民族派の中には、単純な外国人排斥を愛国とは認めず、ネット上の排外主義を批判する人物や団体もあります。
右翼という大きな括りに入れられていても、国家観、対米姿勢、外国人観、活動方法は大きく異なります。
街宣右翼は減っているのか
かつてと比べると、大型街宣車を連ねて都市部を走る従来型の活動は、社会的な影響力を低下させていると指摘されます。
構成員の高齢化、警察による騒音や違法行為への取締り、車両維持費の負担、暴力団排除の強化などが背景にあります。
一方、街宣活動そのものが消滅したわけではありません。
公安調査庁の公表資料でも、現在なお、領土問題、憲法記念日、外国政府の動向などに合わせた右翼団体の街宣活動が確認されています。
さらに、街頭で行った演説をYouTubeやSNSへ投稿すれば、現場の参加者が少なくても全国へ拡散できます。
その意味では、街宣はインターネットに取って代わられたというより、街頭とネットを組み合わせる形へ変化したと見る方が適切です。
すべての右翼を一括りにしないことが重要
右翼団体には、伝統的な思想研究を重視する団体、反共運動を中心とする団体、対米自立を訴える民族派、街宣活動を主体とする団体、選挙や市民運動へ進出する団体、インターネットを中心に活動する集団などがあります。
一部には暴力団との関係や資金目的の違法行為が確認された団体もありますが、それを右翼全体へ当てはめることはできません。
反対に、「思想団体だから安全」「民族派を名乗っているから街宣右翼とは違う」と決めつけることもできません。
団体を判断するときは、名称や服装、街宣車の有無だけではなく、公開されている綱領、代表者、組織の沿革、機関紙、資金活動、具体的な抗議方法、事件歴などを分けて確認する必要があります。
まとめ
新右翼と街宣右翼の最大の違いは、分類の基準です。
新右翼は、1960年代末から1970年代に登場し、既成右翼の反共中心、親米・体制協力的な姿勢へ反発した民族派運動を中心とする歴史的・思想的な分類です。
日本の自主独立、対米自立、戦後体制の克服などを重視し、左翼だけでなく、保守政権、財界、米国を批判することもあります。
一方の街宣右翼は、街宣車や拡声器を使って政治的主張や抗議を行う右翼団体を、活動方法や外見から表した呼称です。
街宣右翼という一つの共通思想があるわけではなく、主張、歴史、対米姿勢、組織の性格は団体ごとに異なります。
新右翼も街宣活動を行うことがあるため、両者は排他的な関係ではありません。
「新右翼か、街宣右翼か」と二者択一で考えるのではなく、「どのような思想的系譜を持ち、どのような方法で活動しているのか」という二つの軸で見ることが、右翼運動を正確に理解するポイントです。