2026年9月17日、中道改革連合を離党した立憲民主党出身の衆議院議員が、新党「民主改革の会」の設立を届け出ました。
代表には小川淳也衆議院議員、幹事長には階猛衆議院議員が就任しています。
民主改革の会は、わずか約8カ月で事実上の解体に至った中道改革連合のうち、旧立憲民主党系の議員が参加する新党です。
一方、旧公明党系の議員は公明党へ復党する方向となっています。
ただし、「中道改革連合が解散し、そのまま民主改革の会へ改称した」というわけではありません。
中道改革連合には渡辺創衆議院議員が1人残り、選挙費用や債務、政党交付金などの処理を行うため、当面は別の政党として存続します。
そのため、2026年9月17日時点では、中道改革連合、民主改革の会、公明党という三つの政党・政治団体が並行して存在する複雑な状態です。
今回は、民主改革の会の参加議員、政策、旧立憲民主党や中道改革連合との違い、政党交付金の扱いについて整理します。
民主改革の会とは
民主改革の会は、2026年9月17日に設立が届け出られた新しい政治団体です。
中道改革連合を離党した旧立憲民主党系の議員を中心に結成されました。
発足時の主な役員は、次の通りです。
代表は小川淳也氏、幹事長は階猛氏です。
設立届に記載された国会議員は、小川淳也氏、階猛氏、重徳和彦氏、長妻昭氏、落合貴之氏の5人と報じられています。
略称は「民主」です。
ただし、旧立憲民主党系の議員が5人しかいないという意味ではありません。
中道改革連合には、旧立憲民主党出身者が渡辺創氏を含めて21人いました。
このうち渡辺氏は中道改革連合の残務処理を担うため同党に残り、残る20人が離党しました。
民主改革の会側は、最終的にこの旧立憲系20人全員の参加を目指すと説明しています。
したがって、「発足時の届出メンバーは5人」「参加を呼びかけている旧立憲系議員は20人」という二つの数字を分けて理解する必要があります。
なぜ「民主改革の会」という名前なのか
新党名を決める過程では、「新民主の会」「民主改革の会」「民主改革フォーラム」などの案が検討されました。
最終的に選ばれたのが「民主改革の会」です。
小川氏は、民主党以来の理念を引き継ぎながら、「民主的で公平公正な社会」を目指す思いを党名に込めたと説明しています。
「民主」という言葉は、民主党、民進党、立憲民主党へと続いてきた旧民主党系の政治的な系譜を示しています。
一方の「改革」には、既得権や古い政治の仕組みと対峙する勢力であることを打ち出す狙いがあります。
ただし、民主改革の会は立憲民主党という名称を復活させた政党ではありません。
旧立憲民主党の組織をそのまま再建したものでもなく、新しい党名、綱領、執行部を持つ別の政治団体として届け出られました。
中道改革連合はなぜ事実上解体したのか
中道改革連合は、2026年1月、立憲民主党と公明党の衆議院議員を中心に結成された政党です。
1月22日の結党大会では、野田佳彦氏と斉藤鉄夫氏が共同代表に就任し、160人を超える衆議院議員が参加しました。
しかし、2月8日に行われた衆議院選挙では、公示前の167議席から49議席へと大幅に減少しました。
選挙後、野田氏と斉藤氏は共同代表を辞任し、小川淳也氏が代表選挙で階猛氏を破って新代表に選ばれました。
その後、中道改革連合、立憲民主党、公明党の三党を組織的に合流させる構想が協議されました。
ところが、地方組織、参議院議員、党員制度、政策、資産や負債の扱いなどをめぐって調整が進まず、三党合流は断念されました。
衆議院議員だけが中道改革連合に参加する一方、立憲民主党と公明党の地方組織や参議院側が別組織として残っていたことも、運営を複雑にした要因です。
そこで、旧立憲系は新党をつくり、旧公明系は公明党へ戻る形で、中道改革連合を二つのグループに分けることになりました。
中道改革連合は正式にはまだ解散していない
報道では「中道改革連合が解体」「中道解党」と表現されることがあります。
政治的には、所属議員49人のうち48人が離党するため、事実上の解体といってよい状態です。
しかし、組織として直ちに消滅したわけではありません。
中道改革連合には渡辺創衆議院議員が1人残り、小川氏に代わって代表に就任しました。
渡辺氏が残る理由は、2026年2月の衆議院選挙で発生した費用、党の債務、職員や取引先に対する責任、政党交付金などの処理を行うためと説明されています。
最終的な解党は、こうした残務処理が終わる年明け以降になる見通しです。
したがって、現時点の関係は次のように整理できます。
中道改革連合は、渡辺氏1人が残る残務処理中の政党です。
民主改革の会は、旧立憲系議員が新たに設立した政党です。
公明党には、中道を離れた旧公明系議員28人が復党する方向です。
名称や理念には連続性がありますが、三者はそれぞれ別の組織です。
民主改革の会は中道の「継承政党」なのか
報道では、民主改革の会が中道改革連合の「継承政党」と表現されています。
新党の綱領は、中道改革連合の綱領を基礎として作られました。
代表と幹事長も、中道改革連合で代表と幹事長を務めていた小川氏と階氏が続投しています。
また、「民主中道」の理念を掲げ、分断や対立ではなく、熟議、協調、包摂、寛容によって社会を前に進めるという基本姿勢も引き継いでいます。
この意味では、民主改革の会は中道改革連合の政治路線を引き継ぐ後継勢力といえます。
一方、法的・組織的には、中道改革連合そのものが民主改革の会へ移行したわけではありません。
中道改革連合を存続させたまま、離党した議員が新しい政治団体を設立した形です。
資産、負債、政党交付金、選挙で得た票などが、すべて自動的に民主改革の会へ移るわけでもありません。
「政治的な継承政党」と「法律上の同一政党」は区別して考える必要があります。
どのような政策を掲げるのか
民主改革の会は、綱領に「民主中道」の理念を据えています。
階幹事長は、分断と対立ではなく協調、包摂、寛容の政治を目指すと説明しました。
生活者、納税者、働く人のための政治を掲げ、既得権と対峙する改革勢力になることも打ち出しています。
この基本姿勢は、中道改革連合が掲げていた「生活者ファースト」や中道路線をおおむね引き継ぐものです。
ただし、民主改革の会は発足したばかりであり、税制、社会保障、安全保障、原発、憲法、外国人政策など、個別分野の詳細な政策は今後さらに明確にされるとみられます。
綱領が中道改革連合を基礎としているからといって、過去の政策がすべて無条件に維持されるとは限りません。
今後発表される基本政策、臨時国会での法案対応、予算への態度などを確認する必要があります。
公明党とは対立するのか
旧公明系議員が公明党へ戻り、旧立憲系が民主改革の会を結成したため、両者が完全に決裂したようにも見えます。
しかし、現時点では国会内での連携を続ける方針です。
民主改革の会、公明党、残務処理中の中道改革連合は、衆議院で統一会派「中道」をつくる方向です。
つまり、政党組織は分かれても、国会質問、法案対応、委員会ポストなどでは協力関係を維持しようとしています。
この形であれば、立憲系と公明系は、それぞれの地方組織や党員制度を維持しながら、国会では共同歩調を取ることができます。
中道改革連合という一つの政党への完全統合には失敗しましたが、「中道勢力」としての連携自体を終わらせたわけではありません。
小川氏が一連の再編を「中道プロジェクト第2章」と表現しているのも、そのためです。
民主改革の会は政党交付金を受け取るのか
民主改革の会は、発足時に国会議員5人を届け出ています。
政党助成法では、国会議員を5人以上有する政治団体は、一定の手続きを経れば政党交付金の対象となる政党要件を満たします。
一方、小川氏は、民主改革の会では2026年分の政党交付金を受け取らず、中道改革連合が社会的、経済的責任を果たすと説明しています。
中道改革連合に交付される2026年分の政党交付金は、年間で約23億円とされ、そのうち10月以降に約11億7000万円が交付される見込みです。
この資金を受け取るためだけに、渡辺氏1人を中道改革連合へ残したのではないかという批判も出ています。
中道側は、政党交付金を個人が自由に使うのではなく、衆議院選挙で生じた債務、組織の清算、職員や取引先への支払いなどに充てると説明しています。
また、権限が渡辺氏1人に集中しているように見える問題について、内部規定や合議制を整備し、資金管理の透明性を確保するとしています。
それでも、所属国会議員が1人になった政党が多額の政党交付金を受け取り続けることに、有権者から疑問が出るのは避けられません。
今後は、具体的な支出先や残金の処理、最終的な解党時期が重要な検証対象となります。
立憲民主党の復活ではないのか
民主改革の会には、長妻昭氏をはじめ、立憲民主党で中心的な役割を担ってきた議員が参加しています。
党名にも「民主」が入り、旧立憲系議員の受け皿となっているため、「事実上の立憲民主党復活」と見ることもできます。
しかし、単純に元の状態へ戻ったわけではありません。
第一に、新党は「立憲」ではなく「民主改革」を名乗っています。
第二に、中道改革連合で掲げた「民主中道」の理念や、公明党との協力路線を引き継いでいます。
第三に、旧立憲民主党の地方組織や参議院議員との関係が、今後どのように整理されるかはまだ確定していません。
民主改革の会が、旧立憲民主党の再建に向かうのか、公明党との中道連携を優先するのか、さらにほかの政党や無所属議員を取り込むのかは、今後の動きによって決まります。
民主改革の会の課題
民主改革の会の第一の課題は、旧立憲系20人を一つにまとめられるかどうかです。
発足時に届け出られた議員は5人であり、残る議員の中には入党を慎重に検討する動きもあると報じられています。
第二の課題は、公明党との距離です。
選挙で大敗した中道改革連合の路線をそのまま続ければ、有権者に新党をつくった意味が伝わりにくくなります。
反対に、公明党との違いを強調しすぎれば、「中道勢力として国会で連携する」という構想が崩れる可能性があります。
第三の課題は、地方組織と参議院側の整備です。
国政政党として長期的に活動するには、衆議院議員だけでなく、参議院議員、地方議員、党員、候補者を支える全国組織が必要です。
第四の課題は、党名と政策の認知です。
「民主改革の会」という名前だけでは、国民民主党、旧民主党系の諸政党、ほかの「改革」を掲げる政党との違いが伝わりにくい可能性があります。
どの政策を最優先し、自民党、維新、国民民主党、参政党、公明党と何が違うのかを明確に示す必要があります。
まとめ
民主改革の会は、2026年9月17日、中道改革連合を離党した旧立憲民主党系議員によって設立された新党です。
代表は小川淳也氏、幹事長は階猛氏で、設立時には小川氏、階氏、重徳和彦氏、長妻昭氏、落合貴之氏の5人が届け出メンバーとなりました。
新党は旧立憲系20人全員の参加を目指しています。
中道改革連合は政治的には事実上解体しましたが、渡辺創氏1人を残し、選挙費用、債務、政党交付金などの残務処理を行うため、正式にはまだ存続しています。
旧公明系議員28人は公明党へ復党する方向です。
民主改革の会は、中道改革連合の綱領や「民主中道」の路線を引き継ぐ一方、法律上は中道改革連合とは別の政治団体です。
今後は旧立憲系議員の結集、地方組織の整備、公明党との統一会派、具体的な政策、政党交付金をめぐる説明が焦点となります。
「中道改革連合が民主改革の会へ名前を変えた」と理解するのではなく、「中道を1人残し、旧立憲系が別の新党をつくり、旧公明系が公明党へ戻った」と整理するのが最も正確です。