「公安の監視対象団体」という言葉は、ニュースやインターネット上でたびたび使われます。
右翼団体、左翼団体、宗教団体、市民運動などに対して、「公安に監視されている」という表現が使われることもあります。
しかし、実際には「公安監視対象団体」という名称の統一された法律上の区分や、すべての団体を掲載した公式リストが存在するわけではありません。
また、日本で公安に関する活動を行う組織には、公安調査庁と公安警察があります。両者は所属、役割、権限、根拠となる法律が異なります。
この記事では、公安の監視対象団体とは何を意味するのか、なぜ対象になるのか、その判断基準や法律についてわかりやすく解説します。
「監視対象団体」は正式な法律用語ではない
一般に使われる「公安の監視対象団体」という言葉は、複数の状態をまとめて表した通称です。
実際には、次のような異なる状態が含まれています。
・公安調査庁が破壊活動防止法に基づいて調査している団体
・団体規制法に基づく観察処分を受けている団体
・公安警察がテロや違法行為の防止を目的に動向を把握している団体
・警察が具体的な犯罪の疑いに基づいて捜査している団体
・公安調査庁や警察庁が公表資料で動向を取り上げている団体
これらは同じものではありません。
単に政府機関が動向を調べている状態と、法律に基づく観察処分を受けている状態、犯罪捜査を受けている状態では、法的な意味が大きく異なります。
そのため、「公安の対象になっている」という情報だけで、その団体が違法団体や犯罪組織であると判断することはできません。
公安調査庁と公安警察では対象の意味が違う
日本で公安に関する情報収集を行う主な組織は、公安調査庁と公安警察です。
公安調査庁は法務省の外局であり、破壊活動防止法や団体規制法に基づく調査、国内外の公安情勢に関する情報収集と分析を行います。
一方、公安警察は警察庁、警視庁、各道府県警察の警備・公安部門を指す通称です。
公安警察は、テロ、ゲリラ、外国による諜報活動などを未然に防ぐために情報を収集し、違法行為が確認された場合には犯罪捜査や検挙を行います。
公安調査庁には通常の逮捕権や家宅捜索権がありませんが、公安警察を担当する警察官には、ほかの警察官と同様の捜査権限があります。
つまり、公安調査庁の調査対象と公安警察の情報収集・捜査対象は、重なることはあっても同じではありません。
公安調査庁の調査対象となる基準
公安調査庁の代表的な根拠法が、破壊活動防止法です。
破壊活動防止法は、団体の活動として暴力主義的破壊活動を行った団体に対し、必要な規制措置を定める法律です。
同法第27条では、公安調査官が、団体規制のために必要な調査を行えると定めています。
ただし、あらゆる政治団体や宗教団体を自由に調査できるという意味ではありません。
破壊活動防止法第3条では、規制とそのための調査を目的達成に必要な最小限度にとどめなければならないとしています。
さらに、思想、信教、集会、結社、表現、学問、労働者の団結など、憲法で保障された自由と権利を不当に制限してはならないことも明記されています。
労働組合などの正当な活動を制限したり、活動に介入したりするために法律を濫用することも禁止されています。
破壊活動防止法の「暴力主義的破壊活動」とは
公安調査庁の調査対象を理解するには、「暴力主義的破壊活動」という言葉が重要です。
これは単に政府を批判したり、急進的な政策を主張したりすることではありません。
破壊活動防止法では、政治上の主義や施策を推進・支持・反対する目的で、内乱、政治目的の殺人、放火、爆発物の使用、騒乱など、一定の重大な暴力行為を行うことが想定されています。
また、団体規制を行うには、過去に団体の活動として暴力主義的破壊活動を行ったことだけでなく、将来も継続または反復して同様の活動を行う危険性が認められることなど、法律上の要件を満たす必要があります。
過激な思想を持っていることと、法律上の暴力主義的破壊活動を行うことは同じではありません。
調査対象と規制対象は同じではない
公安調査庁から調査されている団体が、直ちに活動禁止や解散処分を受けるわけではありません。
公安調査庁は情報を収集し、規制が必要だと判断した場合に公安審査委員会へ処分を請求します。
実際に処分を行うかどうかを審査して決定するのは、公安調査庁とは別の行政委員会である公安審査委員会です。
破壊活動防止法では、一定期間の集団示威運動、集会、機関紙発行などを制限する処分や、非常に厳しい要件の下での解散指定が定められています。
しかし、公安調査庁が調査しているという事実と、公安審査委員会による規制処分が決定されたという事実は区別しなければなりません。
「調査対象であること」は、「違法団体と認定されたこと」を意味しないのです。
団体規制法による観察処分とは
もう一つの重要な法律が、無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律です。一般に団体規制法と呼ばれます。
この法律は、団体の活動として無差別大量殺人行為を行った団体について、現在の活動状況を継続して明らかにする必要がある場合に、観察処分などを行うための法律です。
観察処分の判断では、次のような要素が法律上の基準になります。
・無差別大量殺人行為の首謀者が現在も団体へ影響力を持っている
・過去の無差別大量殺人行為に関与した者が団体に所属している
・事件当時の役員が現在も団体の役員である
・殺人を明示的または暗示的に勧める綱領を保持している
・無差別大量殺人行為に及ぶ危険性を示す事実がある
これらの事情があり、活動状況を継続的に明らかにする必要があると公安審査委員会が判断した場合に観察処分が行われます。
観察処分を受けた団体には、役職員、構成員、施設、資産などに関する報告義務が課されます。公安調査官は、法律に基づいて団体施設への立入検査を行うこともできます。
ただし、この立入検査は行政上の検査であり、犯罪の証拠を集めるために警察が行う家宅捜索とは異なります。
観察処分を受けている代表的な団体
団体規制法に基づく観察処分の代表例が、オウム真理教の流れをくむ団体です。
公安調査庁の公表資料では、主に次の団体の活動が取り上げられています。
・Aleph(アレフ)
・ひかりの輪
・山田らの集団
これらについては、過去のオウム真理教による無差別大量殺人行為との組織的な関係、構成員、指導者の影響、活動実態などを基に、公安審査委員会が観察処分を決定しています。
これは単なる一般的な情報収集ではなく、団体規制法に基づく正式な行政処分です。
ただし、各団体は自らの性質や危険性に関する政府側の認定に異なる見解を示しており、処分を巡って訴訟が行われたこともあります。
日本共産党は公安の監視対象なのか
日本共産党については、公安調査庁が公式サイトで、破壊活動防止法に基づく調査対象団体であるとの見解を公表しています。
公安調査庁は、過去の活動方針や歴史的経緯などを理由として、その見解を維持しています。
一方、日本共産党は、公安調査庁の見解や調査を不当だとして強く批判しています。
ここで重要なのは、日本共産党が破壊活動防止法に基づく観察処分や活動禁止処分を受けているわけではないことです。
日本共産党は国政選挙に候補者を立て、国会や地方議会に議員を持つ合法的な政党です。
「公安調査庁の調査対象である」ということと、「違法団体である」「犯罪組織として認定された」ということは同じではありません。
極左暴力集団はなぜ対象になるのか
警察白書では、中核派、革労協などについて「極左暴力集団」という分類で動向が取り上げられています。
これらの組織やその関係者は、過去に爆発物、放火、襲撃、内ゲバなどのテロ・ゲリラ事件を引き起こしてきました。
現在の活動がすべて暴力的という意味ではありませんが、過去の事件、非公然組織の存在、将来の重大事件につながる可能性などから、公安警察が情報収集や捜査を続けています。
対象となる主な理由は、主張が左翼的だからというより、過去の組織的な暴力事件と、現在も残る組織や活動との関係にあります。
右翼団体はすべて対象になるのか
警察白書では、右翼団体による領土問題、歴史認識問題、街頭宣伝活動などの動向も取り上げられています。
特に、テロ、銃器犯罪、脅迫、恐喝、暴力、大音量の街頭宣伝に伴う違法行為などを防止するため、警察は情報収集や取締りを行っています。
しかし、右翼的な思想を持つ団体がすべて違法団体として監視されているわけではありません。
合法的な街頭演説、出版、講演会、慰霊活動、政策提言などは、原則として表現や結社の自由によって保障されています。
「右翼団体」という思想上の分類と、「犯罪捜査の対象」「法律上の規制対象」という分類は分けて考える必要があります。
国際テロ組織や外国の工作活動
公安調査庁と公安警察は、国内の政治団体だけでなく、国際テロ組織や外国機関による活動についても情報を収集しています。
対象となる分野には、国際テロ組織、その支持者や関連ネットワーク、外国情報機関による諜報活動、技術情報の流出、影響工作、北朝鮮に関係する工作活動などがあります。
近年は、サイバー攻撃や経済安全保障に関係する情報収集も重視されています。
この場合、対象は正式な団体に限られません。個人、企業、研究機関、オンライン上のネットワークなどが、事件や情報流出に関係する可能性もあります。
ただし、国籍や外国との交流だけを理由に犯罪者として扱えるわけではなく、情報収集や捜査には必要性と法的根拠が求められます。
市民団体やデモ参加者も監視されるのか
政府への抗議、反戦、反基地、反原発、環境保護、人権運動などに取り組む市民団体も、公安機関の情報収集を巡って問題になることがあります。
警察は、大規模なデモや国際会議などで違法行為や混乱が発生する可能性がある場合、警備に必要な情報を収集します。
また、暴力的な活動を行う組織が一般の市民運動へ参加し、活動を利用する可能性があるとして、周辺の動向を把握する場合もあります。
しかし、政府に反対すること、デモへ参加すること、政策変更を求めること自体は犯罪ではありません。
日本国憲法では、思想・良心の自由、集会・結社・表現の自由が保障されています。
一般の参加者まで広範囲に情報収集する必要があるのか、プライバシーや表現の自由を侵害していないかについては、常に慎重な検討が必要です。
公安の対象になる主な判断要素
公安機関の公表資料や関係法令から整理すると、団体が調査や情報収集の対象となる主な要素は次のようになります。
第一に、過去に組織的な暴力事件や無差別大量殺人行為を行ったかどうかです。
第二に、事件を主導した人物や関与した構成員が、現在も団体に影響を与えているかどうかです。
第三に、暴力的な活動方針、非公然組織、武器、資金、施設などが維持されているかどうかです。
第四に、将来、テロや重大な違法行為を行う具体的な危険性があるかどうかです。
第五に、外国政府、情報機関、国際テロ組織などとの関係が疑われるかどうかです。
第六に、重要施設、要人、国際会議などに対する危険な活動の可能性があるかどうかです。
ただし、公安警察の情報収集について、個別具体的な選定基準や対象のすべてが公表されているわけではありません。
活動の秘密性を理由に情報が公開されにくいため、どこまで情報を集めているのかを外部から完全に確認することは困難です。
対象になった本人や団体へ通知されるのか
通常の情報収集については、対象となった団体や個人へ事前に通知されるわけではありません。
一方、公安審査委員会による観察処分や再発防止処分など、法律上の行政処分を行う場合には、法令に基づく手続があります。
警察が逮捕、捜索、差押えなどの強制捜査を行う場合にも、原則として刑事訴訟法などに基づく手続と裁判官の令状が必要です。
秘密裏の情報収集、行政上の団体規制、犯罪捜査では、それぞれ適用される法律と手続が異なります。
「公安の資料に載っている=違法」ではない
警察白書や公安調査庁の「内外情勢の回顧と展望」には、さまざまな政党、政治団体、宗教団体、市民運動、外国関係組織が掲載されています。
しかし、公的資料に名称や活動が記載されているだけで、違法団体に指定されたことにはなりません。
情勢分析として活動が紹介されているのか、破壊活動防止法に基づく調査対象なのか、団体規制法による観察処分を受けているのか、具体的な犯罪捜査を受けているのかを確認する必要があります。
「公安が見ているらしい」という曖昧な表現だけでは、団体の法的立場を判断できません。
まとめ
公安の監視対象団体という言葉は、法律上の統一された正式名称ではありません。
公安調査庁による破壊活動防止法上の調査、団体規制法に基づく観察処分、公安警察による情報収集、具体的な犯罪捜査など、性質の異なる活動が含まれています。
対象となる主な理由は、過去の組織的な暴力事件、現在の組織との連続性、将来のテロや重大事件の危険性、外国機関や国際テロ組織との関係などです。
一方、過激な思想を持つこと、政府を批判すること、デモや市民運動に参加すること自体が直ちに違法になるわけではありません。
公安の対象として名前が挙げられている場合には、「誰が」「どの法律に基づいて」「どのような状態で」対象としているのかを確認することが重要です。
調査対象、観察処分対象、犯罪捜査対象を分けて考えることで、公安活動と団体の法的な立場をより正確に理解できるでしょう。