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右翼団体はなぜ街宣車で軍歌を流すのか?黒い車・大音量・街宣活動の理由

街中を走る黒い大型車。車体には大きな政治スローガンが書かれ、屋根に取り付けられた拡声器から軍歌や演説が大音量で流れている。

日本で「右翼団体」と聞いたとき、多くの人が思い浮かべる光景でしょう。

しかし、なぜ右翼団体は普通のビラ配りや街頭演説ではなく、黒い街宣車で軍歌を流すのでしょうか。

結論からいえば、軍歌には思想を短時間で示す象徴としての役割があり、街宣車には少人数でも広い範囲へ存在を知らせられる利点があります。

さらに、大音量によって注目を集め、集団の力を演出し、抗議対象へ圧力をかけるという効果もあります。

ただし、すべての右翼団体が街宣車を使うわけではなく、軍歌を流すことに否定的な右翼活動家もいます。

右翼思想、街宣右翼、黒い街宣車、軍歌は、必ずしも一体のものではありません。

今回は、右翼団体が街宣車で軍歌を流す理由と、その歴史、法律上の規制について解説します。

街宣車とは何か

街宣車とは「街頭宣伝車」の略です。

車両に拡声器や音響設備を取り付け、街中を移動しながら演説、録音音声、音楽などを流します。

街宣車を使用するのは右翼団体だけではありません。

政党の選挙カー、労働組合、市民運動、宗教団体、商業宣伝などでも、同じような車両が使われます。

その中でも、黒や濃紺に塗られ、大型拡声器と政治スローガンを掲げた車両が、一般に「右翼の街宣車」と認識されています。

警察資料では、このような街宣活動を行う団体を「右翼」「行動右翼」などと分類しています。

ただし、「街宣右翼」という名称の一つの統一組織が存在するわけではありません。

独自の代表者、思想、活動地域を持つ多数の団体を、活動方法によってまとめた呼び方です。

軍歌は思想を一瞬で伝えられる

右翼街宣車が軍歌を流す第一の理由は、長い演説を聞かなくても、その団体が何を象徴としているのか伝わるためです。

軍歌は、明治以降の軍隊、戦争、天皇、国家、兵士、郷土などと強く結びついてきました。

勇敢さや忠誠、自己犠牲を歌った曲がある一方、戦友の死や故郷との別れを扱った悲しい曲もあります。

軍歌を流すと、戦前の国家や軍隊を肯定的に捉える立場、戦没者を追悼する姿勢、国家への忠誠を重視する思想などを、音だけで印象づけられます。

団体の詳しい政策を知らない通行人にも、「国家主義的な団体が来た」と認識させられるわけです。

政治運動では、旗、制服、色、歌、合言葉などが、集団の立場を示す記号として使われます。

街宣右翼にとっての軍歌も、そのような政治的シンボルの一つです。

行進曲のリズムが街頭活動に向いている

軍歌の多くは、集団で歩いたり、声を合わせたりすることを前提につくられています。

一定のリズムを持ち、旋律が分かりやすく、屋外でも聞き取りやすいことが特徴です。

複数の街宣車が隊列を組んで走る際にも、行進曲調の音楽は集団行動の雰囲気をつくります。

演説が途切れている時間にも音楽を流せば、街宣活動が続いていることを周囲に知らせられます。

さらに、同じ曲を繰り返し使うことで、参加者の一体感や高揚感を生み出す効果もあります。

これは右翼だけに特有の仕組みではありません。

左翼運動の革命歌、労働運動の労働歌、宗教団体の歌、スポーツ応援歌なども、集団の連帯感を高めるために使われます。

違うのは、街宣右翼がその役割に軍歌や戦時歌謡を選んできたという点です。

軍歌は戦前の日本との連続性を演出する

戦後日本では、敗戦によって旧軍が解体され、政治制度や教育制度も大きく変わりました。

伝統的な右翼団体の中には、戦後体制、日本国憲法、東京裁判、占領政策などを批判的に捉える団体があります。

こうした団体にとって軍歌は、単なる懐メロではありません。

戦前と戦後の間で失われたと考える国家意識や歴史観を、現代へつなぐための象徴になります。

特に8月15日の終戦の日、2月11日の建国記念の日、北方領土の日、竹島の日、憲法記念日などには、歴史認識や領土問題を訴える街宣活動が行われます。

そこで軍歌を流すことには、「過去を忘れない」「現在の日本は戦前の歴史と断絶していない」という意思表示の意味があります。

もっとも、どの時代を理想とするのか、天皇や国家をどう位置づけるのかは団体によって異なります。

軍歌を流しているという事実だけで、団体の詳しい思想まで判断することはできません。

なぜ街宣車を使うのか

街宣車の最大の利点は、少人数でも広い範囲へ訴えられることです。

駅前で演説する場合、その声が届くのは周辺に限られます。

街宣車なら、繁華街、官庁街、外国公館、新聞社、テレビ局、政党本部、企業など、複数の場所を一日に回れます。

荷台や車内に音響設備、旗、看板、配布物などを積めるため、移動手段と演説台、広告塔の役割を一台で担えます。

参加者が少なくても、何台もの大型車と大音量の拡声器を使えば、実際の人数以上に大きな集団として見せられます。

「街宣車一台が多数の活動家に相当する」という発想です。

インターネットが普及する前は、自分たちの主張を新聞やテレビに取り上げてもらえない小規模団体にとって、街宣車は重要な情報発信手段でもありました。

街宣車はいつから右翼の象徴になったのか

現在につながる右翼街宣は、主に戦後の反共運動とともに発達しました。

1951年に結成された大日本愛国党の赤尾敏は、東京・数寄屋橋などで街宣車を使った演説を繰り返したことで知られています。

赤尾は、反共、愛国、天皇、国際情勢などについて、通行人に直接訴えました。

1960年安保闘争などで左翼勢力が大規模なデモを展開する中、人数で劣る右翼側が対抗して声を届ける手段としても、車両と拡声器が利用されました。

その後、ほかの右翼団体も同様の方法を採用します。

大型バスやトラックへ多数の拡声器を載せ、複数車両で行動する形式が広がり、「右翼といえば街宣車」というイメージが定着しました。

ただし、赤尾敏自身は、軍歌を大音量で流しながら走り回るだけの活動や、企業への圧力に街宣車を使うことには否定的だったという証言もあります。

右翼街宣の初期から、演説を重視する立場と、音量や車両による示威を重視する立場が同じだったわけではありません。

なぜ車体は黒いのか

右翼街宣車に黒い車両が多いことについて、全国の団体が従う統一規則があるわけではありません。

実際には、白、灰色、濃紺、カーキ色などの街宣車も存在します。

黒が多く選ばれる理由としては、重厚さ、統一感、緊張感を演出しやすいことが挙げられます。

白い文字や赤い文字とのコントラストが強く、車体に書かれた団体名や政治スローガンも目立ちます。

大型の黒い車両が何台も並べば、少人数の団体でも強い存在感を示せます。

黒い車、黒い制服、大型拡声器という組み合わせが長年繰り返された結果、それ自体が街宣右翼を示す「様式」になりました。

新しい団体が同じ外観を採用すれば、説明しなくても伝統的な行動右翼の系列にあることを周囲へ示せます。

したがって、黒色には特定の法律上、宗教上の意味があるというより、視認性と集団演出、長年の慣習が重なっていると見る方が適切です。

なぜ大音量にするのか

拡声器を使用する本来の目的は、多くの人へ演説を届けることです。

繁華街や幹線道路では、車や電車、雑踏の音があるため、ある程度音量を上げなければ声が届きません。

しかし、右翼街宣で使われる大音量には、それだけでは説明できない面があります。

非常に大きな音を出せば、政治に関心のない人も振り向きます。

報道機関や警察が集まり、SNSへ動画が投稿される可能性も高まります。

相手の集会や演説に近づいて音を出せば、相手側の声を聞こえにくくすることもできます。

企業、政党、外国公館、報道機関などの前で繰り返せば、「抗議を続ける」という圧力になります。

つまり、大音量には情報を伝える機能だけでなく、注目を強制し、対象へ心理的な負担を与える機能もあるのです。

街宣活動と「糾弾街宣」の違い

通常の街宣活動では、自分たちの政治的主張を広く社会へ訴えます。

一方、特定の企業、個人、報道機関、政治家などを名指しし、その付近で繰り返し批判する活動は「糾弾街宣」と呼ばれることがあります。

警察庁は、一部の右翼団体が街宣車を使った大音量で執拗な活動によって、騒音被害や交通渋滞を発生させていると指摘しています。

また、右翼団体を名乗りながら、街宣の中止と引き換えに金品を要求する恐喝事件なども摘発されてきました。

ただし、右翼団体による街宣がすべて恐喝や違法行為なのではありません。

政治的な主張を訴える行為と、街宣を材料に金銭を要求する行為は分けて考える必要があります。

警察庁も、右翼団体の中に暴力団関係者が多い団体や、暴力団が右翼団体を標榜している例があるとする一方、右翼団体全体を暴力団と同一視してはいません。

軍歌を流すのは違法なのか

軍歌を公共の場で流すこと自体を、一律に禁止する法律はありません。

軍歌であっても、音楽を流す行為や政治的な意見を表明する行為は、基本的には表現活動の一部です。

右翼団体だからという理由だけで、警察が演説や音楽を直ちに止めることもできません。

しかし、表現の自由があれば、どれだけ大きな音を出してもよいわけではありません。

多くの都府県では、拡声機による暴騒音を規制する条例が制定されています。

東京都の条例でも、何人も拡声機によって暴騒音を生じさせてはならないと定められています。

地域によって基準や適用方法は異なりますが、一定の測定地点で85デシベルを超える音を暴騒音とする条例もあります。

基準を超えた場合、警察官による警告、停止命令、拡声器使用の中止命令などが行われる可能性があります。

警察はなぜすぐに止めないのか

街宣車が大きな音を出していても、警察がその場ですぐ活動を中止させないことがあります。

これは、右翼団体に特別な許可や治外法権があるからではありません。

政治的な街宣には表現の自由が関係するため、警察は主張の内容ではなく、音量、時間、場所、交通への影響、脅迫的な言動など、具体的な違法行為を確認して対応する必要があります。

また、騒音条例では、所定の位置から実際に音量を測定するなど、命令を出すための要件が決められている場合があります。

車両が移動していれば測定や警告が難しいこともあります。

一方、道路を長時間占有するデモ、危険な隊列走行、駐車違反、交通妨害などは道路交通法や公安条例の対象になります。

脅迫、恐喝、業務妨害、名誉毀損、暴力行為などがあれば、街宣活動という名目でも刑事責任を問われます。

警察庁によると、2024年中にも右翼運動に伴う事件や悪質な街頭宣伝活動について検挙が行われています。

「政治活動だから何をしても許される」ということではありません。

右翼団体は全て街宣車を使うのか

右翼という言葉には、多様な思想と運動が含まれています。

伝統的な右翼団体、民族派、新右翼、保守系市民団体、宗教保守、ネット上を中心に活動する右派などは、組織形態も活動方法も異なります。

街宣車と軍歌を中心に活動するのは、その中の一部です。

新右翼の中には、戦後の対米依存や資本主義体制まで批判し、従来型の親米・反共右翼とは異なる主張を掲げる団体があります。

講演会、出版、勉強会、選挙活動、署名運動などを中心とし、黒い街宣車を使用しない団体もあります。

近年では、YouTube、X、ライブ配信などを使えば、街宣車よりはるかに多くの人へ主張を届けられます。

そのため、街宣車を持たない右派団体や個人の発信者も増えています。

それでも街宣車がなくならない理由

インターネットが普及しても、街宣車には独自の効果があります。

ネット上の投稿は、興味のある人が画面を開かなければ届きません。

街宣車は、その場所にいる人へ強制的に存在を認識させます。

官庁、外国公館、政党本部、報道機関など、抗議対象の目の前まで行けることもネット発信との違いです。

複数の黒い車両が集まり、大型拡声器から音を流す光景は、参加者と周囲の双方に「現実の運動」を印象づけます。

さらに、街宣車による活動そのものを撮影してSNSへ投稿すれば、街頭とネットを組み合わせることもできます。

現在の右翼運動では、街宣車からインターネットへ完全に置き換わったというより、団体によって両方を使い分けている状態です。

軍歌を流すことは逆効果ではないのか

一般市民から見れば、黒い街宣車と大音量の軍歌は、威圧的で近寄りがたいものです。

主張の内容を聞く前に、「怖い」「迷惑だ」という印象を持たれる可能性があります。

そのため、国民から広く支持を集める政治運動としては、逆効果になることも少なくありません。

しかし、街宣活動の目的が必ずしも幅広い有権者の説得だけとは限りません。

自分たちの存在を示すこと、抗議対象へ圧力をかけること、参加者の結束を確認すること、ほかの団体へ行動力を示すことが優先される場合もあります。

その目的で考えれば、目立ち、恐れられ、無視されにくい外観と音量には一定の合理性があります。

社会からの好感度を高めることより、「無視できない存在になること」を重視する活動方法だと考えると分かりやすいでしょう。

まとめ

右翼団体が街宣車で軍歌を流すのは、軍歌が国家、軍隊、天皇、戦没者、郷土などを象徴し、その団体の歴史観や思想を短時間で示せるためです。

行進曲調の音楽には、参加者の一体感を高め、街宣車の隊列に集団行動の雰囲気を与える効果もあります。

街宣車を使えば、少人数でも広い地域を移動し、実際の人数以上の存在感を演出できます。

黒い車体は、白や赤の文字を目立たせ、重厚さ、緊張感、威圧感を生みます。ただし、黒に統一する規則があるわけではなく、長年の慣習によって定着した様式です。

大音量には演説を届ける目的がある一方、注目を強制し、抗議対象へ圧力を与える働きもあります。

軍歌や政治演説そのものは直ちに違法ではありませんが、暴騒音、交通妨害、脅迫、恐喝、業務妨害などは規制や刑事処分の対象になります。

そして、すべての右翼団体が黒い街宣車と軍歌を使うわけではありません。

街宣右翼は日本の右翼運動の一部であり、黒い車、大音量、軍歌は、その一部が選んできた政治的な演出と活動手段なのです。

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