2026年9月13日に投開票された沖縄県知事選挙で、前那覇市副市長の古謝玄太氏が、3期目を目指した現職の玉城デニー氏を破り、初当選を確実にしました。
玉城氏は2018年、2022年の知事選で勝利し、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に反対する「オール沖縄」勢力の中心として県政を担ってきました。
その現職を新人の古謝氏が破ったことから、選挙結果を「沖縄県民が辺野古移設を全面的に容認した」「玉城県政が完全に否定された」と見る意見も出るでしょう。
しかし、選挙前の世論調査を見ると、結果はそれほど単純ではありません。
玉城県政を評価するとの回答は過半数に達しており、辺野古移設を評価しない人も、評価する人より多い状態でした。それでも、実際の投票先では古謝氏が上回ったのです。
今回の選挙では、基地問題への賛否だけでなく、保守系候補の一本化、幅広い政党の支援、オール沖縄の支持基盤の縮小、物価高や所得に対する関心、政府との関係など、複数の要因が重なりました。
玉城デニー氏はなぜ敗れ、古謝玄太氏はなぜ勝利したのでしょうか。選挙前に公表された情勢調査や両候補の政策をもとに、5つの理由から整理します。
なお、本稿は2026年9月13日夜の当選確実報道をもとにした分析です。最終的な得票数や市町村別の結果、確定した出口調査によって、今後さらに詳しい分析が可能になります。
今回の沖縄県知事選挙の構図
今回の知事選には6人が立候補しましたが、実質的には古謝玄太氏と玉城デニー氏による一騎打ちでした。
古謝氏は42歳。東京大学を卒業後、総務省に入り、長崎県財政課長などを経験しました。2022年の参議院選挙沖縄県選挙区に立候補して約27万票を獲得したものの落選し、その後、那覇市副市長を務めました。
古謝氏を推薦したのは、自民党、日本維新の会、国民民主党、参政党、日本保守党、公明党沖縄県本部です。
一方の玉城氏は66歳。衆議院議員を経て、翁長雄志前知事の死去に伴う2018年の知事選で初当選しました。
玉城氏は立憲民主党、共産党、社民党、沖縄社会大衆党などの支援を受け、辺野古移設反対と「誰一人取り残さない沖縄」を掲げました。
表面的には従来と同じく、辺野古移設を容認する保守系候補と、移設に反対するオール沖縄候補の対決です。
ところが今回、有権者が最も重視したのは基地問題ではなく、経済、雇用、物価高、暮らしだったことが、複数の調査から明らかになっています。
理由1 保守系候補を古謝氏に一本化できた
古謝氏の勝利に大きく影響したと考えられるのが、保守系候補の一本化です。
選挙戦の当初は、古謝氏だけでなく、元衆議院議員の下地幹郎氏も出馬を表明していました。
下地氏は自民党に所属した経験がある一方、地域政党や国民新党、日本維新の会などでも活動してきた沖縄政界の有力者です。2022年の知事選では5万3677票を獲得しています。
もし今回も下地氏が出馬していれば、玉城氏に対抗する票が古謝氏と下地氏に分かれる可能性がありました。
しかし、告示前日の8月26日、下地氏は立候補を取りやめました。自民党本部と政策協定を結び、古謝氏の支援に回ったのです。
これによって、保守系、中道系、政府との協調を重視する票の主要な受け皿が古謝氏に一本化されました。
読売新聞の選挙前調査では、2022年の知事選で下地氏に投票した人の約8割が、今回は古謝氏に投票すると回答しています。
もちろん、前回の下地票がそのまますべて古謝氏へ移ったと断定することはできません。しかし、前回5万票を超えた候補が出馬を撤回し、その支持者の多くが古謝氏へ向かったとすれば、接戦では非常に大きな意味を持ちます。
2022年の知事選では、玉城氏が33万9767票、佐喜眞淳氏が27万4844票、下地氏が5万3677票でした。
佐喜眞氏と下地氏の票を機械的に足せば玉城氏を下回るものの、差は大幅に縮まります。今回、告示前に分裂を回避できたことは、古謝陣営の最も重要な勝因の一つです。
理由2 自民から参政党まで幅広い支援をまとめた
古謝氏は、自民党、日本維新の会、国民民主党、参政党、日本保守党、公明党沖縄県本部という幅広い支援を受けました。
これらの政党は、国政では必ずしも同じ立場ではありません。
経済政策、社会保障、憲法、外国人政策などをめぐって競合することもあります。支持者の思想や関心も同一ではありません。
それでも沖縄県知事選では、「玉城県政からの交代」「政府と連携できる県政」「古謝氏への一本化」という点で共同歩調を取りました。
古謝氏にとって、この広い推薦態勢には二つの利点がありました。
一つは、それぞれの政党が持つ地方議員、後援会、支持団体を選挙運動に活用できたことです。
沖縄全県を選挙区とする知事選では、候補者個人の知名度だけでなく、電話かけ、集会、期日前投票への呼びかけなどを行う組織力が重要になります。
もう一つは、自民党だけの候補という印象を弱め、中道層や新興政党支持層にも支持を広げられたことです。
QAB、沖縄タイムス、朝日新聞の共同情勢調査では、古謝氏は自民支持層の約8割を固め、公明党や参政党の支持層からも大半の支持を得ていました。
読売新聞の調査でも、自民支持層の8割弱、国民民主党支持層の7割弱、参政党支持層の8割が古謝氏を支持していました。
推薦政党の数が多いだけでは選挙には勝てません。政党間の関係が悪ければ、推薦を受けても支持票が候補へ集まらないことがあります。
今回は、立場の異なる政党の支持層を、古謝氏が比較的まとめることに成功したと考えられます。
理由3 オール沖縄から保守層が離れた
玉城氏を支えてきたオール沖縄は、もともと革新政党だけによる組織ではありません。
2014年の知事選で翁長雄志氏を支援した際には、共産党や社民党などの革新勢力に加え、辺野古移設に反対する保守系政治家、経済人、企業関係者も参加していました。
「保守か革新か」を越えて、辺野古新基地建設反対でまとまったことが、オール沖縄の強さでした。
ところが、その後は保守系企業や政治家の離脱が続きました。
かりゆしグループは2018年にオール沖縄会議から離脱。金秀グループも2021年、オール沖縄から距離を置き、保守中道路線への回帰を打ち出しました。
翁長氏を支えた政治家の一部も、後に自民・公明系の候補を支援するようになりました。
2024年の沖縄県議会議員選挙では、玉城知事を支える県政与党が20議席にとどまり、定数48の過半数を大きく割り込みました。
2025年の沖縄市長選、宮古島市長選、2026年の名護市長選などでも、オール沖縄側の候補は敗れています。
つまり、今回の知事選だけで突然、玉城氏への支持が崩れたわけではありません。地方選挙や県議選を通じて、オール沖縄の組織力と保守系支持基盤が徐々に縮小していたのです。
読売新聞の情勢調査では、2022年に玉城氏へ投票した人のうち、今回も玉城氏を選ぶと答えた人は6割強にとどまり、約2割が古謝氏へ投票すると回答しました。
この数字だけで、移動した人がすべて保守層だったとは断定できません。
ただし、玉城氏の前回支持者の一部が古謝氏へ移っていたことは、選挙前から確認されています。玉城氏が従来の支持基盤を完全には維持できなかったことは、敗因の一つといえます。
現在のオール沖縄は、発足当初の「保守と革新の連合」よりも、立憲民主党、共産党、社民党、社大党など革新・リベラル勢力の色合いが強くなっています。
この変化によって、辺野古には反対でも、経済政策や国との関係では保守中道的な考えを持つ有権者が、古謝氏を選びやすくなった可能性があります。
理由4 辺野古反対が以前ほど絶対的な争点ではなくなった
今回の結果を見て、「沖縄県民が辺野古移設に賛成へ転じた」と結論づけるのは早計です。
読売新聞の調査では、辺野古移設計画を「評価する」が35%、「評価しない」が45%でした。移設に否定的な回答の方が、なお多かったのです。
玉城氏は辺野古反対を掲げながら、2018年と2022年の知事選で勝利しています。2019年の県民投票でも、辺野古埋め立てへの反対は投票総数の7割を超えました。
辺野古移設に反対する民意そのものが消滅したわけではありません。
変化したのは、辺野古問題に対する賛否よりも、投票時に何を優先するかです。
共同通信系の調査では、次の知事に最も力を入れてほしい政策として、「経済・観光・雇用」が46%で最多でした。
「普天間飛行場の移設・米軍基地問題」は26%でした。
経済を重視する人の約7割が古謝氏を支持し、基地問題を重視する人の約8割が玉城氏を支持していました。
読売新聞の調査でも、重視する争点として「景気や物価高対策」が75%、「普天間飛行場の移設など基地の問題」が45%でした。こちらは複数回答ですが、経済・物価高への関心が基地問題を上回っています。
つまり、基地問題が重要でなくなったのではありません。
辺野古に反対する有権者の中にも、今回の投票では物価高、賃金、子育て、観光、雇用などを優先した人がいた可能性があります。
辺野古反対と古謝氏への投票は、必ずしも矛盾しません。
有権者は、一つの争点だけで候補を選ぶとは限らないからです。辺野古移設には否定的でも、「基地問題以外の県政課題では古謝氏を評価する」と判断した人がいれば、投票先は古謝氏になります。
今回の選挙は、「辺野古反対の消滅」ではなく、「辺野古だけでは投票先が決まらなくなった選挙」と見る方が正確です。
理由5 政府との対立より経済振興と協調を求める票を取り込んだ
古謝氏は、選挙戦で経済政策を前面に出しました。
主要政策として掲げたのは、「県民所得倍増」「子育て支援予算倍増」「観光消費倍増」です。
観光、健康、環境、海洋、起業を「新5K経済」と位置づけ、中小企業のDX・AI導入支援、空港機能の強化、人材育成などを訴えました。
古謝氏は総務省官僚、長崎県財政課長、那覇市副市長としての経歴も強調しました。
政府や自治体の行政実務を経験した候補として、「国と県をつなぐ」「対立から前進へ」というイメージを打ち出したのです。
一方、玉城県政は辺野古移設をめぐって政府との法廷闘争や行政上の対立を続けてきました。
この対立は、沖縄県民の反基地感情や地方自治を代表するものとして支持されてきました。その一方で、「反対を続けても工事は進んでいる」「対立だけで経済や暮らしは改善するのか」という疑問を持つ有権者も増えた可能性があります。
自民党も古謝氏の推薦にあたり、国との対立ではなく、国での経験や人脈を生かした県政運営を強調しました。
経済を重視する人の7割が古謝氏を支持したという調査結果からも、古謝氏の経済中心の訴えが一定の効果を持ったことは読み取れます。
ただし、「政府と協調すれば沖縄経済が自動的に成長する」と証明されたわけではありません。
古謝氏が掲げた県民所得倍増などの目標については、財源、期限、実現方法を厳しく検証する必要があります。
選挙で有権者が示したのは、政策がすでに実現したという評価ではなく、「古謝氏に一度やらせてみよう」という期待です。
したがって、この要因は「政府との協調路線が正しいと県民が最終判断した」というより、「対立を続ける現職より、協調と経済成長を掲げる新人に期待する票が上回った」と理解するのが適切でしょう。
玉城県政は全面的に否定されたのか
玉城氏の敗北は、8年間の県政に対する厳しい審判です。
しかし、玉城県政のすべてが否定されたと考えることもできません。
共同通信系の調査では、玉城県政を「評価する」と答えた人が56%、「評価しない」が42%でした。
現職の県政を評価すると答えながら、選挙では別の候補に投票する人は存在します。
これまでの取り組みには一定の評価を与えつつ、3期目ではなく世代交代を選ぶこともあるからです。
玉城氏は給食費、18歳以下の医療費窓口負担、保育園の入所待ち、病児保育利用料の「四つのゼロ」などを訴え、経済や福祉政策も掲げていました。
玉城氏が基地問題しか訴えていなかったわけではありません。
それでも、古謝氏の「所得倍増」「若い行政実務経験者」「国との連携」というメッセージの方が、変化を求める有権者に届いたと考えられます。
現職としての8年間は、実績を評価される一方、停滞や未達成の課題について責任を問われる期間でもあります。
今回は、玉城県政への全面的な拒絶というより、一定の評価を残しながらも「次の県政」を選んだ選挙だった可能性があります。
「沖縄が保守化した」と言い切れるのか
今回の結果だけで、沖縄県民全体が保守化したと断定することはできません。
古謝氏には自民党だけでなく、維新、国民民主、参政、日本保守、公明県本部という異なる政党が加わっていました。
古謝氏への一票には、辺野古移設への賛成、経済への期待、玉城県政への不満、世代交代への期待、支持政党からの要請など、異なる動機が含まれています。
辺野古反対の人が古謝氏へ投票した可能性もあります。
一方で、2024年の県議選やその後の市長選を含め、オール沖縄勢力が後退し、保守・中道系候補が勝つ流れが続いていることも事実です。
したがって、現時点では「沖縄全体の思想が保守へ転換した」というより、従来のオール沖縄対自民という対立構図が弱まり、経済や行政能力を重視する票が動きやすくなったと見るべきでしょう。
古謝氏の勝利で辺野古移設問題はどうなるのか
古謝氏は、普天間飛行場の辺野古移設を容認する立場です。
そのため、県知事が持つ行政権限の行使や国との協議姿勢は、玉城県政から大きく変わる可能性があります。
政府にとっては、辺野古移設をめぐって県と国が長年対立してきた状況を転換する機会になります。
ただし、知事選で古謝氏が勝ったからといって、辺野古移設に反対する県民がいなくなるわけではありません。
選挙前の調査でも、移設計画を評価しない人は評価する人を上回っていました。
古謝氏が政府との協調を進める場合でも、基地負担の軽減、工事の安全性、環境への影響、普天間飛行場の返還時期などについて、県民へ丁寧に説明する責任があります。
「選挙に勝ったから反対意見を無視してよい」ということにはなりません。
まとめ
玉城デニー氏が敗れ、古謝玄太氏が勝利した理由は、一つではありません。
第一に、下地幹郎氏が出馬を取りやめたことで、保守・中道系の主要票を古謝氏に一本化できました。
第二に、自民、維新、国民民主、参政、日本保守、公明党沖縄県本部という幅広い政党の支援をまとめ、各党の組織票を固めました。
第三に、オール沖縄から保守系企業や政治家が離れ、玉城氏は前回支持者の一部を古謝氏に奪われました。
第四に、辺野古反対の民意は残っているものの、投票で最優先される争点が基地問題から経済、物価、雇用へ移りました。
第五に、政府との対立を続ける県政よりも、国との協調による経済振興や県政刷新を期待する票を、古謝氏が取り込んだ可能性があります。
今回の結果は、「沖縄県民が辺野古移設に全面的に賛成した」と単純化すべきものではありません。
より正確には、辺野古反対だけでは維持できなくなったオール沖縄の選挙連合に対し、保守系候補を一本化し、経済と協調を前面に出した古謝陣営が上回った選挙です。
古謝氏が掲げた所得、子育て、観光に関する大胆な目標は、当選によって実現が保証されたわけではありません。
今後は、経済政策の財源と工程を示せるのか、政府との協調によって具体的な成果を得られるのか、基地負担軽減をどこまで進められるのかが問われます。
古謝氏の本当の評価は、選挙に勝ったことではなく、県民が託した「変化への期待」を実際の成果へ変えられるかによって決まります。